【レポート】3月の番町寄席「羽光・咲之輔 上方落語会」

2016年3月14日

img20160311yose06 今回の番町寄席は、ご案内役の青空遊歩氏のご挨拶から始まりました。

 実は、5年前の3月11日(金)、東日本大震災はいきいき演芸会が開催されている最中に発生しました。グラッときたときは、一瞬職務も忘れ来場者とともに照明が揺れる天井を見つめてしまいました。まるで昨日のことのようです。

 あのとき、館職員の「この建物は安心です。暫くこのまま待機してください」という声掛けに、演者のマンガ太郎氏 (-2014年8月、享年73歳)が、真っ先に反応して下さり、演芸会を再開しました。「えっ!?続けるの?」という驚きとともに大爆笑が起きたことを思い出します。

 今回、会場には5年前に参加されたお客様もいらっしゃいました。あの時、誰一人としてパニックにならず、落ち着いて対応して下さったことに感謝申し上げます。そして、被害に合われたみな様に心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々とご遺族のみなさまへ改めてお悔やみを申し上げます。 そして、一日も早い復興を願っています。

 


 さて、笑いは健康の元!落語で脳を活性化して1か月ごとに元気な姿で「番町寄席」に集合です!!

img20160311yose013月の番町寄席のトップバッターは、笑福亭羽光さんで演目は「紀州(きしゅう)」

 簡単に言えば、謙譲の美徳を装って損をしたお噺です。徳川家七代将軍の他界して、跡目相続の話が持ち上がり、水戸家、紀州家に尾州家の御三家から選ばれる事になった。水戸家は歳を取って引退していたので辞退し、紀州公か尾州公のどちらから八代将軍を選ぶ事になった…

 この「紀州(きしゅう)」というお噺、現代に置き換えてもよくあることで例えば「町会長は是非○○さんにお願いした」「いやいや、私など若輩者ですからまだまだ」「いえいえ、他に適任など居ませんから是非っ!」「そこまで仰るなら・・・」と言うようば大人の儀式。

 やはり、直ぐに引き受けるのは恰好悪いことなのでしょうか?

img20160311yose02 つづいては、桂咲之輔さんによる「いらち俥」

 「反対俥」(はんたいぐるま)というとピンッとくる方が多いのかも知れません。古典落語の演目の一つですが、上方では「いらち俥」という演目名で演じられるそうです。最初は高齢な上に半病人でタチも悪い車屋にあたり、次は元気過ぎる車屋にあたり、なかなか目的地に着かないイライラっとするお噺です。
 このお噺は、2人目の車屋さんが何度もジャンプするシーンがあり、それを演じる咲之輔さんは、もうハァーハァーと言って大変でした。この描写は、体力自慢の咲之輔さんによるオリジナルかと思いきや、調べると『体力が衰えた噺家には出来ず、かと言って前座レベルでは描写が難しい部分があり、演じることが出来る噺家には限りがある。』と解説がありました。

こんな事ならもっと大拍手で労えば良かった…と後悔しきりです。

img20160311yose03さて、笑福亭羽光さんの2席目の演目は「たらちみ」

 漢字で書くと『垂乳女』。実母とか生家という意味になるそうです。江戸落語の一つです。ストーリーは、大家の紹介で妻をもらった八五郎だが、彼女の言葉づかいがあまりにも丁寧なために起きる騒動を描いています。

 羽光さんの「アァラ、わが君! アァラ、わが君!」が見に残るお噺でした。

 最後は、桂咲之輔さんの「紙入れ」

img20160311yose05 気が小さい小間物問屋の新吉が経験する大人の世界・・・でしょか(笑)かなり意味深なサゲがあるお噺です。「いらち俥」のときの元気な咲之輔さんとは打って変わって浮気者のお内儀さんの目つきが艶っぽくて驚かされます。いわゆる「艶笑落語」ですが、最後にゾッとしてしまったのは、私だけでしょうか。

 

 

 img20160311yose04今回、笑福亭羽光さんが落語の合間に寄席踊りというものを披露して下さいました。最初が「奴さん」そして、3席めの後が「かっぽれ」でした。この寄席踊りというものは、一席の後の余芸として踊られていたものが発展したのだそうです。粋な羽光さんによるサービス精神豊かな踊りでした。